自己満物語その1
「カンジくん、今日も図書室に来ちゃったのね」
「それは沙織さんも同じじゃないですか」
僕がそう返すと、沙織さんはふふっと笑みをもらしながら
「もしかして私に会いたくて来てるんじゃないのかしら」と悪戯っぽく言うのだった。
僕は核心を突かれたことを誤魔化すように「ただここが居心地がいいだけです」と即答した。
「まあ何にせよ、私は今日もあなたとお話が出来るのが嬉しいわ」
そう言われると少し照れてしまう。だって僕もそうだから。
この学校の図書室は閑散としていて、いつも客人は僕と沙織さんだけのことが多い。そして常連だからか、司書さんとも仲が良く、図書室に僕らだけのときは図書室ではあれど、談笑してても何も言われないのだった。というか司書さんがお茶を出してくれて、司書さんも話に加わってくることもあるのだった。
そんなことを思い返してるうちに、やっぱり司書さんがカウンターの奥の部屋から出てきてお茶をだしてくれた。
「あらあら、今日も来たのね」と司書さんが沙織さんと同じセリフを告げる。
「今日はお隣さんから紅茶をもらったから、あなたたちにおすそ分けしてあげようと思って」と言って丁寧に受け皿と一緒にして、紅茶の入ったカップを僕らの前に置いてくれた。
すごく良い香りがするけど、何て種類の紅茶だろう。僕はともかく沙織さんは意外にもお茶だとかそういうものに疎い。雰囲気も口調も気品があってお嬢様育ちかと見えるが、実は庶民派なのだ。
そして僕らは紅茶を一口飲んで同時に美味しいと言うと、司書さんは嬉しそうに「それは良かったわ」と言うのだった。
「あ、そうだ、これ返さなきゃ」
と言って僕は1冊の本をカウンターの司書さんに手渡す。それを見て沙織さんは、「またJ.D.サリンジャーなの?」と言う。
「サリンジャーは10代のうちに読めるだけ読んでおいた方がいいんですよ。きっと歳をとったら感受性とか色んなものが変わって、純粋な気持ちで読めなくなる」
「まるで1度人生を全うしてるかのような発言ね。でもそれは合ってるのかもしれないわ」
そして沙織さんは一呼吸おいて、
「きっとあと数年もしたら色んなことが変わってしまうのだと思うのよ。私も、カンジくんも」
「沙織さんは3年生だからあと1年もしないうちにこの学校からいなくなっちゃうんですよね」と僕が少し寂しそうに言うと、
「それは仕方の無いことだわ。卒業してこの学校を去るだけじゃない。徐々に大人になっていって、今よりもっとつまらない人間に変わってしまうかもしれないのよ」と、沙織さんも少し寂しそうに返した。
「それでも、つまらない人間になっても、僕は今みたいに沙織さんと話して笑いあいたいですよ」
「そういってくれるのは嬉しいわ、優しいのねカンジくんは」
「優しいとかじゃないです。大人になろうが、どんな人に変わろうが、沙織さんは沙織さんで、僕の大切な人です」
そう言うと沙織さんは、笑みをこぼしながら「何よそれ、愛の告白かしら」と面白おかしく言うものだから、僕はとても恥ずかしくなる。
「まあでも、そう言われると嬉しいわね。それはきっとカンジくんが、カンジくんの率直な言葉だからなんでしょうね」
そう、僕らはまだ世間も知らぬ未熟な子供で、けれどいずれ大人になってしまう。
ただ今だけは、このたくさんの物語に囲まれたこの場所で、僕と沙織さんがこうして話してる間は、何年経っても色褪せないであろうひと時なのだ。