柏原さんの日常

おるたなてぃぶな生活を

ライフル・ライフ

 【1】

 私にはライフルしかなかったし、血と硝煙の匂いだけが私を満たしてくれた。

 私の国N共和国は隣国のS帝国ともう2年近く戦争をしている。そして最前線の西部戦線に配属されてから3ヶ月以上が経っている。

 私の住んでる国、N共和国は自由と平等を近隣諸国のどこよりも推していて、数年前までは女性の私でも何不自由ない暮らしができた。しかし、隣国のS帝国が帝国主義政策を推進して、周りの国を侵略してから暮らしは変わった。

 N共和国を含め近隣諸国はS国の帝国主義政策に恐れをなし、同盟を組みそれに対抗してきた。だがS国の国力は日に日に増していき、経済的にも科学技術の発展においても、無論軍事力に至っても、今では他の追随を許さないほど国力を増強していた。

 戦争が始まって最初の方はN共和国も楽観視していたこともあり、女性の私が戦争に駆り出されることは無かったが、戦争が始まって1年経たないうちに、性別関係なく15歳以上の国民から義勇兵を募った。

 それほどまでにN共和国は追い詰められてたのだ。

 

 私は幼い頃からライフルが親友のようなものだった。

 私はN国の郊外から更に離れた村里で育った。そこはのどかな場所で酪農や狩りをして皆生計を立てていた。

 私は狩人の家に生まれたこともあって、幼い頃から共和国の旧式、いわゆるお下がりのライフル持って狩りをしていた。どうやら私には射撃の才能があったらしく、狩人の父からは良く褒められていた。

 その時から私は銃の虜になっていた。旧式ではあるものの文明の産物、そして自分より弱い動物を圧倒する、その銃という武器に私は惚れ込んでいた。ある日、村を訪れた軍人が少女だった私にこう言った。

 「子供なのに銃の魅力に取り憑かれてしまったか」と。

 今ならその軍人が言った言葉の意味が分かる。「子供心に取り付いた銃の魅力は悪魔のようにこれからの人生に影響を与えるだろう」と、そう考えていたのだろう。

 実際その通りだった。ライフルを持ったとき私は最低なほど強くなれたと思い、そして何より安心し、充実感を得るのだ。

 そして義勇兵募集の告知が出た時、まだ20歳にもなってなかった私はすぐに立候補した。

 その時の私はこう思っていたのだ。

 「私の銃で同じ人間を殺してみたい」と。

 残酷な思考だとは分かってた。でも、私は自分より弱い動物をいとも簡単に殺してしまうことに少しがっかりしてたのだ。

 私は女だから、兵士のような屈強な男を倒したいという願望もなかったわけではないが、自分と同じ人間を殺す感覚を得てみたかった。これが銃の魅力に取り憑かれた少女の末路だった。

 従軍試験の面接では10代の少女の顔を見た教官は、どこか哀しそうな表情をしたが、試験の一環だった実践的な射撃の試験で私の実力を見た教官は今までの不安感を拭ったかのように笑みをこぼした。

 そして私は軍人になったのだった。

 始めは私が女であることもあってか、後方での勤務だった。しかし私は前線を望んでた。このN共和国の最新式ライフルで早く人間を、敵国の兵士を撃ちたかった。たったそれだけだった。

 私には特に愛国心があるわけでもないし、戦争の結果にもこの国の未来にも、正直いってあまり興味がなかった。ただ私の心にあるのは銃に取り憑かれた、悪魔のような残酷でシンプルな感情だけだった。

 そして戦争が激化すると私と私が所属する部隊は最前線の一つである西部戦線に配属された。早くライフルから銃弾を放ちたいという私の欲求に反して最初は地味な仕事だった。塹壕を掘り続け、鉄条網を形成する、そんな作業ばかりだった。

 そしてある程度作業が完了すると、そこでは常に塹壕での生活が続いた。味気ない上に不衛生。流石に私も女なので嫌悪感を感じなかったとは言いきれないが、常に聞こえる銃声や砲撃の音は、私に戦場のしきたりを教えてくれるような気がして、早くライフルを使いたいという思いを強くさせた。

 塹壕戦というのは常に停滞と戦闘を繰り返す。

 そして私にもその戦闘の機会がようやく来た。

 それは突然だったが、指揮官の「全員構え!敵兵が突撃してくるぞ!」という指示が私の溜まりに溜まった衝動を解放させた。

 S帝国兵は砲撃の小競り合いが一区切りついたところで、一気に突撃してきた。

 こんな戦線で突撃とか、帝国部隊は何を考えてるのかと一瞬疑問にも思ったが、ライフルを構えた瞬間私に光が差した。

 ようやく、兵士を、人を、私と同じ人間を撃てる!と私は興奮して、「撃て!」という指揮官の合図とともに引き金を引いた。

 それなりに離れていたが1発、敵国の兵士に銃弾が当たった。初めて人間を殺した瞬間だった。

 隣で機関銃が汚いタイプライターのように弾丸を連発している音を聞きながら、私は満たされた。

 一瞬、同じ人間を殺したことに対する罪悪感を感じたような気もするが、それ以上に興奮していた。

 狩りの生活は一方的だった。人間の私が、人間より弱い動物を殺していたのとは違う。

 私は同じ人間を、しかも殺しを生業としている兵士を、同じようにライフルを持った1人の人間を殺したのだ。しかも自分がいつ死ぬか分からない生死の狭間のようなこの戦場で。

 そして私は隣の機関銃が向いていない方から突撃してくる兵士を撃ち殺して行った。

 撃つ、ボルトアクションのライフルに次弾を装填する、心地よいボルトアクションの音、そして引き金を引き、それ以上に甘美な銃声をとどろかせて、一人、また一人と敵兵を撃ち殺していく。

 ああ、こんなに生きてるって感じたのはじめてだ。

 そして銃声が鳴り止むと、目の前には敵兵の屍が転がってた。

 私が殺ったのは敵突撃部隊のごく一部だし、ほとんどは機関銃が殺してしまった。確かに合理的な武器だが、一瞬で誰かも分からず大勢を殺してしまう機関銃は、どこか品がないなとも思った。やっぱりライフルの方が美しい。

 そんなことを思ってると、隣にいた男の兵士が私に話しかけてきた。

 「お前すげえな、俺が狙った獲物、ほぼ一発で仕留めちまうんだもん」

 「そうかな、私人撃ってみたくて仕方なかったの。これが初めて。同じ人間撃ち殺すの」

 「なんだよそれ。でもお前の射撃能力半端ないよ。どうしてそんな上手いんだ?いや女の兵士にしてはとかじゃなく、素直に尊敬するよ」

 「いや、私は昔からライフルだけが信用に足りる親友だったってだけよ」

 「なんじゃそりゃ。なんか戦場の女神様っつう感じだな」

 「あんたもなかなかじゃない。私が撃ち殺したあとすぐさま次の兵士を射止めてた。なにかやってたの?」

 「そうか、ならちょっと昔話を」

 そう男は言って男の過去の話を聞かせてくれた。

 

【2】

 俺は今も昔も戦争が嫌いだ。でも俺にはライフルを手に取る以外の選択肢なんてなかった。殺られたくなければ殺るしかない、そういう世界になっちまったからだ。

 俺は小さな王国で生まれた。そして俺が13歳を超えた頃、S帝国とかいうクソみたいな国が帝国主義政策を打ち出して、手始めに俺の国を侵略してきた。

 父親は軍人になり戦場へ赴き、母親は軍需工場で過酷な労働を強いられた。

 そして父は前線で戦死、母は工場で過労死した。そして一人っ子だった俺は戦争孤児となり、まだ侵略をされてない国へ移民として入国した。

 戦争は優しかった両親を殺した。残された俺はまだガキでS帝国への憎しみだけで生きてきた。

 俺の生まれた国は戦争に負け、帝国の支配下に置かれ、次に俺が亡命した国が帝国の矛先に向いた。

 ガキの俺は憎しみに支配されていたから、亡命先の国に従軍した。そして俺は少年ながら兵士になった。

 そこで幾多の戦線を体験した。そのせいか、忌み嫌ったライフルの射撃の腕もかなり上がった。

 亡命先の国は結果帝国に負けたものの、善戦していて帝国にそれなりの負荷をかけたことから、完全な支配下に置かれることはなく、一部の地域を譲渡する形で休戦協定が結ばれた。

 なんとかなった、という気持ちよりやはり帝国への、戦争への憎しみが勝った。

 悲しいかな、この感情を払拭するため、というか押さえつけるためには戦場へいくことしかなかった。

 つかの間の平和を手持ち無沙汰にしている俺にある話が舞い降りてきた。

 どうやら次の帝国の矛先はN共和国にあるらしく、外人でも義勇兵として雇ってくれるらしかった。

 その話を聞いたとき、また帝国に銃弾をくらわせられると思い興奮した。そしてすぐさまN共和国へ行き、共和国の兵士となった。

 始めは若くてかつ移民ということもあって、教官や指揮官から不安そうな目で見られたが、射撃の腕と、少年兵時代に養われた兵士としての素質のおかげで、その目は認めてくれるようになった。

 そして戦場を転々として、最前線の西部戦線へと送り出された。

 これは他の戦線でも同じことだが、戦場で帝国兵を撃ち殺す度、なんとも言いずらいがどこか満たされた気持ちを得ていた。

 確かに戦争も、それに使われる兵器も嫌いだが、残念なことに、自分自身を確かめられる、自分自身を感じられるのはライフルを持っている時だけだった。

 そしてある日西部戦線である女兵士と出会う。

 そいつは優れた射撃能力を持っていた。隣で突撃してくる帝国兵を確実に仕留めていった。

 まるで戦場に現れた女神のように思えた。

 一区切りついてから話をすると、「ライフルだけが親友だ」って言うのさ。おかしな女だと思ったけど、どこか俺と似ていて、こんなクソッタレの戦場で初めて面白いと思った。

 特に「機関銃は品がない」ってとこは共通認識だったらしく、徐々に仲良くなった。今日は俺の方が撃ち殺したとか、この銃はここが良いとか悪いとか、そんな戦場ならではの他愛のない話を交わした。

 

【3】

 あれから何ヶ月経っただろうか。西部戦線は停滞したままで、塹壕での暮らしももう慣れてしまった。というか、血と硝煙の匂い、敵をライフルで撃ち殺したときの光悦さだけが私を満たしていた。

 死が間近にあるとき人はこんなにも生き生きとできるのかとも思った。私だけかもしれないが、私と似た男が同じ部隊にいた。

 そいつは戦争を嫌い、憎みながらも、ライフルを持つことで自分を保っていた。まるで私を映した鏡のようだった。この科学技術の進歩とともに新しい兵器が生まれる中で、ライフルという武器に執着する面白いやつだと思った。この数ヶ月の間で色んな話をして、同じように敵を撃ち殺していくうちに、惹かれてもいった。無愛想な私が笑うことが多くなった。ほとんどは戦争の、あるいは銃の話なのに、ここは最前線の過酷な戦争なのに、初めてこんな話して楽しいやつに出会った。人を殺すことに喜びを覚えてた私が、味方とはいえ、同じ人を殺す人間と仲良くなるなんて。彼といると戦場が楽しくなっていった。

 しかし、この戦争も戦線も科学技術の進歩によってライフルでは太刀打ちできない状況に追いやられた。

 帝国軍が最新兵器を投入してきたのだ。

 それは空を飛んで爆弾を落としたり、機関銃をぶっぱなしてきたりする、航空機というやつだった。

 最初に確認されたのは南の方だったらしい。そして西部戦線にもその航空機が来る可能性が高いということで、軍部は早急に航空機を打ち倒すための、対空機銃や対空砲といった兵器を開発して、西部戦線に配置した。しかしそれらはほぼ試作機だったし、使い物になるとは言えなかった。今まで陸上の平行線上で戦っていた私たちが急に空からも敵が来ると言われても困る。

 だって私たちは今も、おそらくこれからもライフルでしか生きられないのだから。

 私たち前線兵士は防空壕という空の攻撃から身を守るためのシェルターを作り、航空機が飛んできたらすぐさまそこへ逃げ込んだ。

 そしてそのシェルターで彼はこう言った。

 「俺たちライフルで生きてきた人間はもうお役御免なのかな」

 「残念ながらそういう時代になったみたいね」

 「俺らはさ、1発の銃弾に色んな感情を乗せて、目の前の敵兵を殺して、満たされて、そしてまた次弾を装填して、また一人もう一人と撃ち殺していってさ、それで充分だったんだよな」

 「そうね、死と隣合わせの狂った戦場でそれが、それだけが生きがいだったのよ」

 そう言うと彼も私も黙り込んでしまった。

 もうライフルで得られる幸福感はこないんだろうな。このまま爆撃を続けられて、惨めな屍になるのだろうな。そう思った。

 初めてだった。自分が死ぬことについて考えるのは。これまで悪魔のような残酷思考で人を、自分の美学にのっとって殺していった結末にはふさわしいとは納得出来るが。そして何より彼はこの状況で何を思い考えているのだろうかとも思った。

 そしていくばかの沈黙のあと彼はこう言った。

 「なあ、俺とお前でお互いを撃って死なないか?このライフルで。ワンツースリーでさ」

 突然の提案に困惑して唖然としてしまった。

 しかし、徐々にそれも悪くないと思った。いや、それが私たちライフルに取り憑かれ、ライフルを生きがいにした人間の最期にしては上出来だと感じた。

 そして私は答える。

 「あんたみたいな男に殺されるならそれもいいわね」

 「俺だってお前みたいな女に殺されるなら本望だ」

 そう、そしてそれが私たちが愛したライフルなら尚更だ。

 そしてお互い頷いたあと、ライフルと弾薬を持って防空壕を飛び出した。

 「お前たち何をしている!」と指揮官が怒鳴りつける声がするが、そんなものどうでもいい。

 ただこの戦場で、愛したライフルで、彼と最期を遂げるのだ。

 

【4】

 私は空に向けて、あの美しくない機械仕掛けの鳥にライフルを向ける。

 俺はこのクソッタレた世界に憎しみと少しばかりの愛をもって、空にライフルを向ける。

 「死んじゃえ!死んじゃえ!死んじゃえ!」

 「クソが!クソが!クソが!」

 私はライフルを撃ち続ける。

 俺はライフルを撃ち続ける。

 そしてお互い最後の一発を残して向かい合う。

 「あんた、かなり面白いやつだったよ」

 「お前こそ、すげえやつだと思ったよ」

 「それじゃいこうか」

 私が愛したライフルを彼に向ける。

 俺は嫌いなライフルを彼女に向ける。

 「「それでは」」

 「「ワン!」」

 「「ツー!」」

 「「スリー!」」

 「「さようなら!!!」」

 

 そして最後の二発が同時に響き渡ったとき、空には航空機も、雲もなく、晴れやかな空と太陽が戦場を照らしたのだった。