柏原さんの日常

おるたなてぃぶな生活を

12月

 気付いたら12月になっていた。早いなあ。この前まで冷房ガンガンかけてたのに。

 頭の中にくっついて離れない心象風景ってあると思うんですけど、僕の場合冬の景色なんですよね。高校を雪の降る街で過ごしたってのがあるし、好きなアニメとか小説とかが冬設定のものが多いってのもある。


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 ↑こんな感じのイメージ(高校のとき撮った写真とか)

 僕の心象風景って、別にこれといった具体的な経験に基づくものではなくて、恐らく現実での生活やアニメ・小説・映画等のシーンを断片的にかき集めて作り出した虚構なんですよね。いつの間にか勝手にそれが作られて、とらわれてる。曖昧な記憶が醸し出す独特の雰囲気というか。


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 Key作品とか新海誠作品とか2000年代のアニメやノベルゲームの雰囲気が強い

 みっともない話、自分のしょーもない頭がコラージュした空間にセンチメンタルになってしまう。その虚構空間と現実が重なったときとか特に。デジャヴに似た感覚。例えば寒い朝に玄関を出た瞬間の匂いとか。どこで嗅いだ匂いかは言えない、僕の中での理想の冬の匂いと被る瞬間がある。最近だと中央大学多摩キャンパスから出たところにある坂を下ってるときに、周りの風景が僕の頭の中にあるほどよい田舎像と似たものを感じたんですよ。(別に中央大学多摩キャンパスを馬鹿にしてるわけではないです笑。多摩キャンパス大好きなので)

 なんかそういう瞬間が日常に散りばめられているの、なんかいいな。結局思い違いで、そもそも虚構は虚構で。まやかしに過ぎないんでしょうけど。理想のフィクションに閉じこもることもできず、ただ漠然としたリアルを生きていくなかで、そういう瞬間に救われてるんでしょうね。

 またこれから現実でたくさん素敵な経験をするだろうし、心に残るアニメとか小説とかと出会うだろうし、それからまた色んなイメージの断片を記憶が回収していくんだと思う。自分の中にあるコラージュされた虚構はこれからもアップデートされていく。そして僕はそんなあるはずもない情景に救われたり感傷的になったりして。

 東京にも雪が降ればいいのになあ。

祈りの雑記

 「文学は、言葉は、あの世に向けるものだ」とある教授が言っていました。

 またある教授は「優れた研究者は誰かのためだけで研究をしていない」と言っていました。

 文学も研究も自分がやりたいからやるだけで、「誰かのため」とか「社会のため」とかそんな大義名分はクソ喰らえなのでしょう。偉いようなことを言っているようで、結局は見返りを求めてるだけ。曰く、良い作品は全米を泣かせようとして作られてはいないし、ノーベル賞を取りたくて作られているわけではないのです。

 

 書きたいから文学を書く。好きだから研究する。ただそれだけのこと。良い作品においては、他人から賞賛されるかどうかは二の次で、他人の心を揺さぶったとしたらそれは意図的なものではなく、作者(研究者)自身の大きなエネルギーが創作物から溢れだしたということなのでしょう。表現は所詮表現で、構造は所詮構造で、精巧に作られたものも素晴らしいのだけれど、どうしても僕は稚拙でもいいから強いパッションを感じるものが好きになってしまう。そういったものを構成する言葉は、決して意図的に操作された機械ではなく、自然に自由に海を泳ぐ魚のようなものに思います。

 

 最近「祈り」について想いを馳せます。「祈り」って良くないですか?祈ったところで何かが変わることなんてまずありえないのに、何故か人は祈りを捧げる。自分や他人やこの世やあの世や、何かが良くなりますようにと願いを込めて祈る。非合理的で非科学的なのに。それでも昔から人は祈りを捧げる。僕にはとっても素敵なことに思えて仕方ありません。文学とか音楽とか絵画とか、そういった創作物はある意味「祈り」なんじゃないかなと思います。どこか遠い世界やこの世にいるはずのない人に対しての祈り。あるいは自分自身や自分の奥深くの混沌に対する祈り。変な言い方かもしれませんが、僕が惹かれる作品からは、いつもこの「祈り」の要素が強く感じられました。そういった祈りに魅せられると同時に、僕も祈りたくなりました。

 

 先日読んだ小説の影響で、ここ数日自分の中に自分だけの物語が存在しているように感じています。僕は物語の作者であり主人公。今僕が見ている世界は僕自身に内在している。世界は僕の見方次第。物語を良くするも悪くするも僕の勝手。まあせっかくならTrue Endを目指してみたい。そしたらそのTrue Endって何?幸せになるってこと?じゃあ幸せなに?どうすれば幸せになるの?

僕はまだまだ無知なのでこの問題を正確に考察するのは難しそうです。

 

 話は変わって先日、家出した女の子が僕の家に転がりこんできました。三日間だけでしたが。まあその子も色々とあり、落ち着いて整理する時間が欲しかったのでしょう。以前から仲の良かった子で、大好きな子ですから快く迎えました。たくさん話をし、色んな音楽を聴き、外へ遊びにも出かけました。落ち着いてはいましたが、とても充実していて楽しい三日間でした。こんな日がずっと続けばいいのになんて思ってしまうほど。ですがどこかそれが目一杯の幸せだとは思えませんでした。なぜならその子の抱え込んだ問題は解消されていませんから。少しでもその問題を良くしようと、整理しようとして僕の家に療養しにきたので、僕も色々と気を遣いました。もともと気を遣うのが好きなお節介ということもあり、彼女の顔色を逐一観察してから言動に移していたのですが、彼女はそれに気付いていました。

電車の中で彼女が調子を悪そうにしてたので、降りるまで話しかけずにいたことがありました。最寄り駅で降りると彼女は「あなたはいつも私の顔色を伺ってるの知ってたから、あえて調子悪い風にしてた。そしたら見事に話しかけてこなかったね」と言い、「話したかったら話しかけていいし、言いたいことは言って」と言いました。痛いところをつかれました。

 そして最後の日にその子とその子が抱える問題の話をしているときに、つい「君のしたいようにすればいい。君の幸せが僕の幸せで、それは僕が君を大好きだからなんだよ」とクサいセリフを言ってしまいました。オタクのくせに調子にのるな。普通に気持ち悪い…。ですが嘘ではなく、本当にそう思ってるのです。本当に幸せになって欲しいと。受け売りの思想ですし、吐き気がするほど綺麗事ですが。その子が幸せに生きるのが僕の物語の望む形ですから、そう強く祈るのです。

 

 別に僕は彼女にこうしてくれと偉そうに彼女を矯正する権限はありませんから、彼女がどう生きようと自由ですし、なるようになるのを眺めることしかできません。ただ幸福たれ!と祈るだけです。愛は祈りなので。その子のために、自分のために。僕は作者であり主人公であると思ってますから、自分の好きなように自分の物語を作っていきます。その過程で僕は話したい話をして、言いたいことを言って、何か返ってくるわけでもないのに祈るのでしょう。そこで吐き出す言葉はこの世を変える必要性をもたず、ただふわふわとこの世じゃないどこかへと漂っていって。あの子の陽だまりの一部ぐらいにはなってくれればなあと思って。欠陥だらけの物語でもそれを動かすエネルギーになってくれればなあと思って。いわば無用の産物。松尾芭蕉らしくいうと夏炉冬扇。でもそんなもんでいいでしょ、幸せなんて。知らないですけど!

 

 

詩③

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燃えるスカートの少女

 今、前使っていたスマホの画像データを整理している。たった2、3年前なのにとても懐かしい。思い出は綺麗だ。経験した出来事はだいたい当時よりも時間が経ってからの方が美しく感じる。

 以前僕が図書委員会の会報か何かで書いた書評が出てきた。エイミー・ベンダーの『燃えるスカートの少女』、僕の好きな一冊。

 当時はあまりにも悲しいことだらけだったし、クラスにも馴染めなかった。周りにいる人が好きになれなかった。昼休みは机に突っ伏してTwitterをやるか、音楽聴くか、あるいは図書室に行って本を読むか。典型的なキモオタクだ。地球環境にも悪影響を及ぼしてたに違いない。

 まあそんなだからこそ、出会う音楽や本はあまりにもみずみずしく感じた。ART-SCHOOLRadiohead本多孝好橋本紡と他にもたくさん。そしてこの『燃えるスカートの少女』もその中の一つ。


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 これが書評の写真。好きな作品なのでで周りの3〜4倍くらい書いてしまって、図書室の司書さんを困らせてしまったのも懐かしいな。この作品とこの書評がきっかけで今でも仲良くしてる友人と話をするようになったから、それも含めて思い出。

 僕は当時、内容はもちろん、エイミー・ベンダー の文章にとても惹かれた。こんなに冷たくて優しい文章があるんだって。女性特有の、きっと僕には書けない文章だなって。

 だけど、この翻訳をしている管啓次郎氏はれっきとした男性だ。すごいな。原文を読んだことないからあまり言えないけどすごいと思う。僕は翻訳家を気にすることはまず無いし、よく知らない。管啓次郎氏は僕が名前を言える翻訳家の数少ない1人。翻訳もそうだし、僕は管氏著の「さびしいと思っていた世界に抱きしめられる」という題の解説も含めてこの作品が好きなのだ。僕もこの物語を読んだとき「さびしいと思っていた世界に抱きしめられ」た。確かに抱きしめられたんだ。

 

 そんな僕を抱きしめてくれた作品の翻訳家、管啓次郎氏は奇遇なことに僕の進んだ大学の教授だった。なんだか不思議な気持ちだ。残念なことにキャンパスが違うけれど。それでもすぐに行けるキャンパスだ。なかなか時間が合わなくて聴講にいけてないけど、いつか行ってみたい。そして一度でいいからお話できたらなって思う。

 なんだか美化された思い出が今間近になって戻ってきたような、そんな感じがする。

 

 

先生の話

大学に入ってから塾講師のバイトをしている。最近「分かりやすかった!」とか「先生のおかげで点数伸びた!」とか言われる。素直に嬉しい。高校時代からいくつかのバイトの経験はあったけど、塾講師が一番楽しいし生き生きと仕事ができてる。

 別に教育の職業に興味があったわけでもないし、今のところ教職免許を取るつもりもない。むしろ両親が塾講師だったことへの反抗心もあって、前までは塾講師なんて死んでもやるか!と思ってた。とは言っても血は争えない。代々教職の家系だし。

 実際自分が教える側に立ってみると視野は広がるし、今までなんとなく受け入れてきたものの意味が分かったりもする。

 もちろん学問的な意味もそうなのだけれど、別の意味でも気が付く点が多い。もしかしたら父親はこんな気持ちでいたのかもしれないとかそんなところ。

 

 話は変わって僕には一人だけ恩師と言える人がいる。それは高校時代のクラス担任。僕は特進クラスとかいうのに入っていたので3年間同じ人と顔を合わせていた。クラス担任も3年間同じ。それでいて日本史の担任でもあった。

 僕は高3の6月末まで勉強という勉強をしてこなかった。それまでは読書して音楽聴いて無断バイトやってバンドして…とまあ惰性で生きてきたって感じ。高3上がるあたりの模試では英語の偏差値なんて40台だったし、60超える科目なんてまずなかった。ただ担任の教える日本史だけは大好きで、日本史だけ偏差値80越えとかよく分からない結果に。担任の教える日本史は分かりやすくてめちゃくちゃ面白い授業で、それが唯一の楽しみで学校にかよっていたまであった。僕がなんとか受験勉強をし始めることができたのも、日本史のおかげといっても過言ではない。(それにクラス担任として進路のことを親身に考えてくれたり、やる気がでるようにあれこれしてくれたのも大きかった)

 僕がその担任を恩師だと思うのは勉強面だけじゃない。たびたび話に出しているように、僕の家庭は当時よろしくない状態で、僕もあまり心が安定しないときもあった。それに部活は即幽霊部員化して毎日帰宅に精を出す生活だったし、高3の一学期頃まで学校で友人と呼べる人はいなかった。そんな中で担任はずっと気にかけていてくれたし、プライベートなところでもたくさん良くしてくれた。

 一度僕がやらかしてしまったことがある。具体的には言わないが、そのとき学校一忙しい担任が1・2限を潰して空き教室で僕を説教した。なかなか声を荒らげることのない担任が怒鳴り声を上げたときの光景はいまでも覚えてる。言ってしまえばただ怒られただけなのだが、その時の話にも、その後の対応にも愛のようなものを感じた。亡くなった父親と重なった部分もあった。そのとき久しぶりに何か暖かいものにふれた気がして、それ以来担任のことを恩師に思っている。

 

 と色々と先生のことを思い出したので書き連ねたけれど、今自分はバイトと言えども「先生」の肩書きは背負ってるわけで、あの担任みたいになれればいいななんて思う。「なれればいいな」というと軽いか笑。ただ理想の教師像があるとしたら間違いなくその担任だ。そして実際「先生」の立場に立ってみると、当時なんとなく受けいれていた担任の言葉とかやりとりの意味が分かってくる。まったく今更だよ。

 

メイドカフェにて

今日HoneyHoneyという秋葉原メイドカフェに行ってきました。

 以前に一度別のメイドカフェには行ったことがあるのですが、そこはエンタメ系と言われるタイプのメイドカフェでした。猫の世界という設定で、僕もネコミミをつけて色んな場面でニャンニャン言わなくてはならなく、初心者にはかなりレベルの高い感じがしました…苦笑。まあ本気でニャンニャンしましたが。

 実際楽しかったですし、満足感もあったのですが、僕もあまり明るい人間ではありませんし、もう少し落ち着いたところがいいなと思っていたので、今回はクラシカル系と呼ばれているHoneyHoneyに行くことにしました。

 

料理しか写真撮れなかったので店内のはありませんが、普通の喫茶店みたいでかなり雰囲気良かったですね。落ち着いた感じがグッド。

 何より料理が美味しかったです。こういうお店ってあんまり料理が美味しくないという偏見が少しあったので、申し訳なく思いつつもたいへん美味しくいただきました。

 


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  オムライスにうさぎさんの絵を描いてもらいました…!

 

 クラシカル系で落ち着いてるとはいっても、メイドさんが時折話しかけてきてくれます。

 「お料理どうでした?」とか「どういった経緯でご来店されたのですか?」とかそんな他愛のない感じで。

 笑いが何度も起きる会話ではないですが、結局のところ僕がしたいのはそういう他愛のない話でしたから、とても心地よく会話をしました。なかなか他愛のない話をする機会ってなくて、僕は他愛のない話をしたい人なので、そういった話をできるのは、なんかいいなぁなんて。

 

 以前、「お前メイドさんかわいい〜!やさしい〜!って、そのメイドさんたちは商売でやってるんだからな」と友人に言われたことがありました。

 もちろんメイドカフェはそういう商売だってのは分かっていますし、お客もお店も互いにそれを理解しているからこそ楽しめる空間なんじゃないかと思います。ディズニーランドみたいに、夢の国という「設定」を理解して楽しんでいるのと似ている気がします。

 いわば虚構の世界なんでしょうね。小説や映画や演劇とも同じように、虚構にのめり込んだ方がより楽しめる世界。

 作り物だと分かっていても、確かに僕の目の前には「やさしい世界」が広がっていましたし、僕はそれに騙されて楽しんでいました。

 あくまで虚構ですが、メイドカフェは僕の望んでいた一つの世界線なんじゃないかと思いました。

 

 秋葉原のHoneyHoney、おすすめなのでみなさんもぜひ一度行ってみてはどうでしょうか?

 

憎しみの代わりに愛すること

 

  憎しみの代わりに愛することができたなら、世界は少しだけ良くなるんじゃないかと思う。

 

 僕の父親の実家は東日本大震災の被災地だった。僕に近い親族の多くは海抜の高いところに住んでいたから無事だったけれど、港の方に住んでいた親族は何人か亡くなったそうだ。

 当時小学生だった僕は、震災の年の夏に、実際に被災地を見に行った。海辺の街は跡形もなくなり、瓦礫をまとめて集めた山がいくつも出来ていた。どうしようもない空虚さを誤魔化すように、ただそこにいくつもそびえたっていた。SF映画でみたような「世界の終わり」なんて素晴らしいものではなく、中途半端に世界が終わってしまい、行き場のない絶望が漂う、そんな残酷さを感じた。

 祖母がこんなことを言っていたのを覚えている。

 「戦争はね、憎むものがあったのにね。この地震はなんにも憎めないよ」

 戦争は憎む対象が明確だ。仇がいる。敵国がそうだし、人によっては自国の政府や憲兵なんかを恨むかもしれない。けれど震災は違う。基本誰のせいでもない。神様を憎んだってどうしようもない。

 絶望や喪失の前に立たされたときに、憎めることはある意味では救いだと思う。それで現状が変わることはないが、少なくとも消失感を埋める感情にはなり得るし、これからの原状回復に向けた強い行動原理になるかもしれない。憎しみは心の埋め合わせにはバッチリだ。

 僕が父親を亡くした直後、母親と口論になるたびに「人殺し」と罵ることが多々あった。もちろん母親は直接父を殺したわけではないし、父が亡くなったのはアルコール摂取量が多くなったことによる肝臓と腎臓の病気が大きな要因だ。しかし、僕はどうも母親がいなければ父親は生きていたように思っていた。母が毎日のように父親に罵詈雑言を浴びせて、ひどい扱いをしていたから、お酒の飲む量ががどんどん多くなり結果的にこういうことになってしまったのだと。本当はそれ以外にも父親の飲酒量を増やす心理的な圧力はあったし、正直こじつけのようにも聞こえるが、僕は本気でそれを理由に母親を憎んでいた。母親との確執は昔から存在していたとはいっても、当時の僕は心を埋め合わせるために母親を憎んでいた。「人殺し」と平気で言うほどに。

 憎むことは僕の中で正当化されて、絶対悪を作ることで心の安寧秩序を守っていた。

 とは言っても喪失感は時間とともに薄れていって、僕も大人になり母親を憎むことが無意味だと悟った。

 今では母親との関係は改善されてきている。仲良し親子とまではいかなくても、そこそこ明るい関係は築けてきているのではないかと思う。

 ただ、問題は父方の親族との関係で、先日母親と父方の祖母が電話する機会があったのだけれど、祖母は母親をよく思っていないらしい。なんなら生前父と母が離婚してから母方の姓を僕が名乗っているのにも嫌な様子だったという。祖母は僕の母を憎んでいてもおかしくはない。だって殺しまではいかなくとも、自分の愛息子の人生を乱した1人ではあるのだから。相当な虐めもやっていたわけで。それは仕方がないこと。僕だって母親との関係が良くなっているとはいえ、未だに腑に落ちていないことも多々ある。

 

 だけど、憎しみの代わりに愛することができたなら、それが一番の救いになると思ってる。

 今までのことを考えれば、母を憎むことはなんら悪いことではないだろうし、僕は僕の道徳のためにも憎むべきなのかもしれない。

 けれども父は僕と母の関係が良好になることを望んでいたし、親子なら愛し合うような関係が一番だと思っていた人だった。

 だから僕は母親を憎むかわりに愛したいと思う。許すとか許さないとかではなく、愛すること。きっと本当に愛するためには長い時間が必要となってくる。それでもいつか愛せたらなと思う。

 

 舞城王太郎の「好き好き大好き超愛してる」という僕の大好きな小説があるのだけれど、その冒頭にこんな記述がある。

 

愛は祈りだ。

僕は祈る。

僕の好きな人たちに皆そろって幸せになってほしい。

それぞれの願いを叶えてほしい。

温かい場所で、あるいは涼しい場所で、とにかく心地よい場所で、それぞれの好きな人たちに囲まれて楽しく暮らしてほしい。

最大の幸福が空から皆に降り注ぐといい。

 

 「憎しみは何も生まない」なんてよく言うけど、その通りかもしれない。何かしら生むとしてもそれは良くないものだろうし、そんなことよりもみんな幸せになった方が結局はいい。綺麗事で、本当はそんな平和な世界にはなりえないのだけれど、少なくとも祈ることはできる。だから祈る。愛することで祈る。

 あれほど憎んだ母親も、亡くなった父親も、僕の母親をよく思っていない祖母も、他の親族も、もちろん友人も、あるいは何も無くなった港町も、笑顔を取り戻して日々頑張って過ごしていくそこの人たちも、そして彼らから大切なものを奪い、僕の思い出も消し去った海も。全部愛せればと思う。憎しみのかわりに。愛は祈りだから。