柏原さんの日常

おるたなてぃぶな生活を

鬱、憎しみ、それと愛

 鬱病になりました。抑うつ

 半年前からそれっぽい症状はでてたのですが、まさか自分が病気だなんてと思っていましたし、単なる自分の甘えだと思い込んで過ごし続けていたら良くないところまできてしまいました。未だに信じられません。ですが受け止めるしかない。はっきり身体に出てきているので。

・常に気分が落ち込んでいる。

・常に倦怠感が付きまとっている。

・やる気がでない。

・注意散漫で集中力がなくなってくる。

・生きることに対してどうでもよい。

・漠然とした不安が徐々に大きくなりながら、常に僕の傍にある。

 とまあ、こんなふうに書き連ねていっても切りがありません。自分でもよく分かってない部分があって、うまく説明しきれない。

 

 滝本竜彦NHKにようこそ」という、ひきこもり大学生の小説が好きなのですが、その主人公の佐藤くんと同じ感覚に今なりつつあります。初めて読んだときは他人ごと、フィクションだと思っていたことを体験してる。おかしな話です。

 怠惰だと笑っていただいて結構ですが、本当のことです。教室にいれなくなってしまったのです。苦手な授業もいくつかありますが、ほとんどが自分が好きで選んで、楽しみにしていた授業なのに、いざ教室に入ってみると、不安、恐怖、寒気、嫌悪、憎悪などよく分からない負の感情(ここでは不安と恐怖が一番当てはまるでしょうか)が僕に襲いかかってくる。怖くていれなくなる。せっかく授業前に着席したのに無理になってすぐ退出してしまう。出れる授業もありますが、今の僕はそんな状況です。こんなふうになるとは昨年度は思いもしませんでした。(予兆のようなものは昨年度からあったといえばありましたが)

 

 この不安感や恐怖は年明けから一気に増幅し続けていました。それにともなう倦怠感や、やる気の低下等も現れていました。辛く苦しい時間がほとんど。きっとみんな僕と同じように辛く苦しいのだから、僕のは甘え、怠惰だと。そう常に抑え込んで生きていました。

 それでも不安や苦痛は増すばかり。そこであるときから市販薬ではありますが、ODが習慣化しました。ふわふわと心地良く揺られながら、身体に幸福がじんわりと染み込んで広がっていく感覚の虜になりました。ODしてるときだけが生きていて良かったと思える。その場しのぎで偽りの幸福だと分かっていても。身体への負担が大きいこともあって、周りの人には幾度となく注意されました。ですがODの量も回数も徐々に増えていきました。しまいには親友の家で真っ黒な液体を吐き出して意識を失うほどに。最低です。

 

 それ以来ODする回数は減りました。ですが今でもしばしば縋ってしまいます。いずれは正しい幸福を自ら掴めるようにしたい。

 

 こんな感じで今に至る過程で、いろいろな問題や事件がありました。その中でも特に何度か自殺を図ったのは自他ともに大きな問題だったでしょう。"生"に対しての執着や関心が薄れていった結果のことです。そもそも色々なことに対しての関心や欲求が薄れていっているのですが。

 昔から"死"に対して憧れのようなものを抱いていました。憧れというか救済、光、希望ともとれます。希死念慮を抱くことはしばしばありましたが、年明けからは常に不安とともにそれがまとわりついていました。

 最初は辛く苦しいから死のうとしました。急にバッドに入って衝動的に。だから収まればまた普通に生活に戻るし、ある程度自制心も効く。SNSなどでSOSを送ることもまだできたので、バッドになったときには友人を頼り助けてもらいました。

 ですが、酷くなるうちに「生きるのは効率が悪いから死ぬのが妥当」、「別に周りが生きてるから生きているだけで死んでも普通なのでは?」などと、死ぬことが今の自分にとって、さも当たり前の行為のように思えてきました。そんなときに良くないことは立て続けに起こるものなのですね。自分にとって悪い事件が何個か起きてしまいました。そうしてトリガーが引かれたように明日自殺するか…と決めました。

 ただ翌朝親友から何件もの着信がきていなかったらでしたが。

 もちろんこれを書いている時点で自殺はしなかったのですが、その親友からの着信が、そしてそこで親友としっかり話をしていなかったら自殺は遂行されていたかもしれません。

 まあ止められてやめる程度のなんちゃって自殺願望だったのでしょう。ただその友人には感謝しています。命を拾われたと思っています。

 その後も色んな人に自殺しようとしたことを叱られました。地元の親友が何人かGWに僕の家にわざわざ来て説教をしました。物好きな方々です。たかだか死のうと思って死ねなかっただけなのに。僕は自己肯定感があまり無い方、他人を信じたり愛したりはしても、自分もそうされてるとは思ってはいけないというていで生きているので、周りからの心配や「死なないで」という言葉にあまり実感が湧かないのです。

 でも僕のやったことの重さには気づきました。そして何より僕の周りには素敵な優しい人ばかりだということは、嫌というほど思い知らされました。人に恵まれすぎてる。自己肯定感は弱いですが、これだけは誇れると思います。

 

 今僕は悪い感情には敏感に、良い感情には鈍感になっています。どうやらそういう病気らしいです。そもそも感情の起伏もなくなってきました。低いところでフラットな状態が常。

 

 ただ昨日、久しぶりに強い感情が湧き出てきました。"憎しみ"や"怒り"という負の感情ですが。僕にしては珍しいことです。

 知ってる人は知ってると思いますが、僕はあまり良いとは言えない家庭で育ってきました。ですがそんな中でも唯一家族として大切なものを僕に与え続けてくれた人がいます。

 祖母です。祖母は僕の実家からすぐ近くに住んでいたので、幼少期から預けられたり、実家にきてお世話をしてくれたりしました。荒れていた家庭環境でしたので、そんな祖母が母親代わりでした。温厚で優しい祖母は僕にたくさんの愛をくれました。また下品な話になりますが、経済的にある程度豊かだった祖母は僕に金銭的な援助をしてくれました。祖母のおかげで東京の私大に進学できたと言っても過言ではありません。

 そんなお金も愛も僕に与えてくれた祖母に、ある身内が裏切りとも言える酷い行為をしました。つい先日聞かされた話です。詳しくはいいませんが、金銭絡みの問題です。今の時代よくある話かもしれませんが、そのやり口などもあって本当に許せない、強い憎悪が湧き出てきました。確かに僕も祖母からの金銭的援助を受けていた身なので強くは言えないのでしょうけど、僕の愛する人を傷つけるのは一番憎い。憎い。とても憎い。

 

 けれど鬱病で半ば引きこもりの無能の僕には何もできません。僕は弱い、以前よりもずっとずっと弱い人間。

 

 だからまず僕は自分自身と向き合うことにしました。病気はかなりまずい状態らしいです。(この後におよんでハッキリと自覚症状がないのも情けないですが)

今は東京の心療内科に通院して、抗うつ薬抗不安薬を投与しながら療養してます。本当は学校に行きながらなんとかしようとしていましたが、そうもいかないようです。医者や他の方からも休学して療養するべきだと言われました。実際薬の副作用もキツく朝起きても身体がダルくて動けないこともあります。そんな中で学校に行くのも正直きついです。行きたくても行けない。授業を受けたくても教室にいれない。怠惰だ、甘えだ、みんなだって辛いのにという人がいるのも想定してます。ですが、しんどいものはしんどい。ひとまず半期、おそらく1年は休学して療養に専念したいと思います。

 甘えられるときに甘えてもいい。頑張れないときには頑張らなくていい。何もしたくないならそれでもいい。ただ「絶対回復するんだ」って意志は持ち続けて、と言ってくれた人がいます。僕はその人も、自殺をとめてくれた友人も、地元から説教にきた幼なじみも、大学で支えてくれた友人も、家族も愛してます。同時に多種多様で大きな憎しみもあります。

 憎しみの代わりに愛すること、これは難しいですが、せめて憎しみの分だけ愛するため、そして僕の愛する人や愛してくれる人を愛するために、まず僕自身をもっと愛さなくちゃいけない。信じなくちゃいけない。強くならなくちゃいけない。

 

 だから少し休ませてもらいます。おやすみなさい。また会う日まで。